2007年04月
2007年04月30日
特殊法人と欠損金
「特殊法人の欠損12兆円、政府穴埋め」。先週の日経新聞の1面に大きく掲載された見出しです。いわゆる特殊法人を独立行政法人に移行する際に、それまでの欠損金を政府の出資金で相殺したという内容。12兆円といえば年間の消費税額(10兆円程度)を上回る金額とのことで、国民が知らぬ間に特殊法人の多額の損失をいつの間にか国民が負担していた訳です。12兆円の内訳は7兆円が文科省所管、2兆円が厚労省所管、残りはその他省庁所管の特殊法人です。それにしても金額が大きい。このようなケースでは一体誰が責任を取るのか?恐らく誰も責任を取らないでしょう。片や国民は所得税・住民税に加えて、医療・福祉・年金制度を維持するために毎月年金保険料や健康保険料等を納めています。しかも社会保険料率は報酬の22.842%にもなっています。月給総額20万円の場合は45,684円もの保険料を事業主と折半して支払います。こんな状況で簡単に12兆円もの欠損金をチャラにするなんてことが果たして許されるのでしょうか?「責任者出て来い!」と国民が叫んだら一体誰が出てくるのでしょう。政府の責任者とは総理大臣ですか。そもそも特殊法人の大半は官僚の天下りの受け皿として存在しています。正に国民の負担でお役人の過分な収入を維持する典型的な仕組みです。こんな仕組みがいつまで許されるのでしょう。社会保険料率はほぼ毎年上がっています。国民、中小零細企業の負担もそろそろ限界なのでは?
2007年04月23日
日本の桜
桜の季節も終わったのに時々寒い日が続いた。お陰で今朝から喉がいがらっぽく、咳も出てきた。もしかすると風邪かな?そう言えば先週は結構遅い時間まで仕事をしたり、飲み会をやったりでいわゆる不摂生を続けてしまった。さすがにここに来て疲れが自覚できる状態になってしまった。この風邪は正に少し休めよというサインと思うが、そうであれば少し休養をという訳にも行かないのです。残念ながら、まだまだそんな身分ではないし、気分的な余裕も無い。独立開業してやっと一年、お客様にどうやって信頼してもらえるか、毎月毎月思案して試行錯誤の毎日なのです。さて、もう一度話題を桜に戻します。まだ外国の満開の桜の花を観たことはありませんが、おそらく日本の桜の花がどこよりもきれいに違いない。日本の気候、風土があってこそ、あんなに見事な満開の桜が咲くのだと思います。敗戦後の混乱期に流行した坂口安吾という作家の作品に「桜の森の満開の下」という小説があります。なぜかいつも桜の時期になるとこの小説のネーミングが浮かんで来ます。満開の桜と人間の狂気を表現した作品で、満開の桜の放つ不思議なパワーを上手く表現しています。実際なぜ世間の人は満開の桜に心浮き立つのか?桜のパワーに引き寄せられ、しかもそのパワーを浴びるのがとても心地良いからだと思います。満開の桜の下で飲むお酒、本当においしいでしょう?飲みすぎて「酔狂」して失敗となると話は少々ややこしくなります。
しかし何度観ても満開の桜は素晴らしい。
2007年04月16日
会社の業績は上司の能力
ひと頃よく言われた「報・連・相」が、近ごろの企業では逆に生産性を低下させる要因になるとして廃止するところが増えて来たという記事を読んだ。そう言えば前に勤めていた職場では、毎日の業務内容について「業務日誌」なるものの作成を義務付けられていたが、何のために書くのか明確な目的もなく、書くのが非常に苦痛だったことを覚えている。「任せて欲しいなあ、勿論重要なことは指摘される前に相談するし、報告しますよ」。そんな気持ちで、日誌を催促されるたびにモチベーションが下がって行く気がしていた。そしてもう一つ嫌だったのは、出席者が何故かまるで発言しない会議、これも時間の無駄としか言いようがなかった。こんな無駄でモチベーションを下げる慣習が今でも多くの企業の職場で社員を悩ませていると聞くが、こういう状況を招いている大半の責任は管理職である上司にある。マネジメントスキルの欠如した学習しない上司の所為で、せっかくやる気と能力のある社員を活かし切れず、逆にモチベーション下がりっぱなしの無気力な社員を造ってしまう。そんな上司の下で働く社員も不幸ですし、企業にとってもマイナス。生産性を上げるのも、下げるのも上司のマネジメント能力次第と言っていい。やはり業績の上昇している企業は各職場の管理者にマネジメントスキルを徹底して習得させることを重視し、勿論お金も遣っています。職場の生産性アップのための回り道に見えて、本当は近道なのかも知れませんね。
2007年04月09日
選挙とマーケティング
統一地方選挙も終わり、新しい知事や県議会議員の先生方が選出されます(選出されました)。ご当地萩市では合併に伴う定数減により県議会議員の定数3名が2名となり、自民党現職3名が熾烈な戦いを繰り広げました。立候補者3名とも自民党且つ世襲の現職でもあり、選挙戦が政策の争いというより「人気投票」的な色合いがかなり出ておりましたが、この萩市の選挙運動の様子を外から眺めていて感じたことは、結局のところ他候補との差別化がいかに上手にできて、しかもその差別化が有権者のニーズにどれだけマッチしたかで勝敗が決まったと言えるのではないでしょうか。勿論以前書かせてもらった「返報性のルール(受けた恩義には必ず報いなければならないというルール)」の対象となる有権者をいかにたくさん作っているかという点とその候補者の名前を日頃よく見聞きしているという「親近性の度合い」も大きく影響したとは思いますが、それ以外の一般有権者については正に経営の世界の「マーケティング」と同じ視点が選挙の世界にも当てはまると思います。即ち「市場(マーケット)」動向を正確に調査して、市場のニーズに沿った商品(候補者の政策・イメージ)を適正な価格で販売する。勿論市場のニーズに合わなければ購入者は少ないし、また実現困難な公約(価格)では市場は敬遠、結局売れ残りの在庫の山で最後は倒産(落選)という結末に。要するに選挙も経営も先ずは「正確な市場動向調査」に勝敗の重要なポイントがあると見ました。
2007年04月02日
模倣自殺と社会的証明の原理
いわゆる「模倣自殺」が人間本来の性向から来ているものだとは正確には理解していませんでした。今回の記事は自分でまとめながらもぞっとする内容で、アメリカの社会学者が1980年代から主張している説だそうです。D.フィリップスの「模倣自殺説」は自分と似た人の行動を真似るという「社会的証明の原理」の一つの例証として紹介してありますが、怖いのは特に感じやすく、人の真似をしがちな十代の子どもたちに大きな影響力を及ぼすということ。正にこの説は日本で昨年10月の福岡県筑前町中2自殺事件から始まり、最近まで繰り返された一連の「いじめによる子ども自殺事件」の理論的解釈の有力な説の一つと言えます。なぜ模倣が起きやすいかということをもっとメディアがそして世間が認識していれば、少しは自殺が防げたのかも知れません。今回の記事はアメリカの著名な社会心理学者の「影響力の武器」という著書から引用しておりますが、改めて人間のステレオタイプとも言える行動心理には驚くばかりです。そして多民族国家アメリカならではの心理学分野の研究レベルの高さには正直頭が下がります。日本のメディアも読者・視聴者も自殺連鎖の悲劇を繰り返さないために、「社会的証明の原理」による影響力の危険性について、もっと関心を持つべきではないでしょうか。
松原満和
MATSUBARA MANWA
